22時をまわった頃。

調べた電車までぎり間に合いそうな時刻。

黒のショートブーツを履いて玄関を飛び出す。

小雨が降っていることに気づいた。

慌ててビニール傘を掴み、最寄りの駅まで自転車を走らせる。


空はすっかり暗くなり寂れた商店街の居酒屋が湿った光を放っている。肌寒さで胸がざわつく。


駐輪場に自転車を停め濡れたビニール傘片手に電車へ乗り込む。

電車に揺られる間、Twitterをチェックする。

アカウントは4つあるが最近はリア垢と裏垢ばかり。残りのジャニーズ垢はなおざりになっている。


心臓が止まった。


大橋駅で通り魔事件のニュース。

女性が刺され犯人はまだ捕まっていない。

顔を上げ電光掲示板を見上げる。

「次は 大橋」と不気味に映し出している。


人が乗り込んでくる。大きな鞄を持った足どりのおかしい男性が前を通る。

「殺される」

心臓が速まる。私の3つ隣に座った。冷静に目で警戒する。

いざとなったら傘を武器に…遺書をTwitterに残しておくか…いや…まさか殺されるはずない…こんなところで死にたくない…

扉が開く度に心臓が磨り減った。

天神までの4駅がとても長く感じた。


天神に着くとなるみからマックの2階で待ってるとLINEが来た。なるみの友達はまだ仕事で遅れるらしい。

大画面の人ごみをくぐり抜けなるみの元へ急ぐ。


すぐに分かった。相変わらずの美人。目鼻立ちがくっきりしていて色素も薄く、ハーフに見えるけど全くの日本人。

最近モデルの仕事を始めたようで、美に磨きがかかっている。


なるみとは小学5年生からの仲で、別々の中学に進んだが、なんだかんだ中学高校大学と一番長くコンスタントに遊んでいる友達。


いつも明るくて怖いものなしに突き進む性格が大好きだ。常にテンションの高い声は聞くだけでこっちが楽しくなる。一人称は昔から「なるみ」。中身も子どもの頃から変わってない。


小学生の頃からお互いお母さんが真面目で門限が厳しかったが、なるはいつも私を新しい世界へ連れて行ってくれた。


今日も、なるみに連れられて

私は初めてのクラブへ足を踏み入れる―




―朝7時前。

家にたどり着いた。

お母さんはいつもなら6時には起きている。玄関の門を静かに開き音を立てないように自転車を運ぶ。

ビニール傘は天神のコンビニで買った。あの傘立てに私のビニール傘が残っているはずがなかった。人間なんて本来そういうもの。


日曜日でさすがにまだみんな寝てるみたい。よかった。すぐに洗面所へ向かう。


鏡に映った自分を見る。肌がぼろぼろだ。汗と雨で前髪のカールはなくなってる。ずっとなるみの綺麗な顔を見ていたから自分の顔に驚く。こんなやつに構ってくれてありがとう。と思った。


いろんなアルコールが口内にへばりついている。唇の感覚を消すように無心で歯を磨いた。


服を脱ぐ。Tシャツを顔に押し当てるとタバコの香りが脳に広がった。心地よい。


昔から服についたタバコの匂いだけはすき。

もちろん人が吸ってるタバコの煙はたまったもんじゃない。


小学生の頃なるみとよく遊びに行ってた友達の母親がよく吸ってて、その子の部屋で遊んだあとは自分からタバコの匂いがしてた。

中学生になるとその友達はいわゆるヤンキーの友達と遊ぶようになった。当時の私は彼女たちに憧れていた。

きっとあの時から。ほのかなあの香りが懐かしく感じるんだ。


今日だけはなにがなんでも風呂キメしないとまずい。


シャワーを浴びる。

髪を濡らすと髪にもタバコの匂いが付いているとわかった。


頭の中で洋楽が流れ出す。


まぶたの裏でビビットカラーの照明が騒がしく踊っている。人々の手が見える。

みんな思い思いにリズムをとっている。


抱き合って踊る男女。片手にグラスを握っている人もいれば両手を挙げて手を叩く人もいる。壁際ではキスをしている男女。


人の波は静を知らない。前を後ろを人々が絶え間なく移動していく。


私もなるみとりっきーのあとを追って人ごみをかき分ける。


いろんな男と肌が触れる。人の多さでむし暑い。まるでみんなが動きまわる満員電車。顔の濃ゆい外国人もちらほらいる。


大橋の事件のせいでこの人ごみの中の誰かが刃物を持っているんじゃないかと考えてしまう。


視界はチカチカしてすれ違う人の顔が見えるのは照明に照らされる1秒。暗転し次の光になる頃には別の顔。その1秒でも男はなるみの美しさに惹かれなるみの二の腕へ手を伸ばす。彼女は構わず前へ進む。


ドリンクカウンターでチケットを見せる。シャンディガフを頼んだ。なるみはZIMAの瓶を握っている。

歩きながら2人のペースに追いつこうとお酒を口に運ぶ。


階段を上り下りする。全部で3フロアあるようだ。フロアごとに人の多さや箱の狭さ、音楽が違った。どこも一番前にはDJがいてみんなそちらを向いてノッている。端の1段高い床にはソファとテーブルがいくつかありすこし高級感があった。お金を払った人の座るVIPルームだと思った。


DJの最前列にたどり着く。

上から冷たい蒸気が吹いてくる。なるみはかなり楽しそうに踊っている。りっきーは、いつもこんな感じなの、うけるでしょ、と冷静に笑った。


お酒がなくなりドリンクカウンターを求めて移動する。りっきーが頼んでいる間、カウンター横のVIP席から1人の男がなるみと私の肩をたたく。なるみと男が話している。


飲んでいいって!

なるみの声についてソファへ座る。

テーブルにはシャンパンのボトル。テーブルを囲むU字型のソファ。


私の右隣はなるみ、左にはパーマの男が座った。あご髭が生えている。左前にはりっきー。

初めに声をかけたひょろめの男が王様席の位置で、シャンパンを注いだ。6人で乾杯してそれぞれ隣と話し始める。


ひょろめの男は藤ヶ谷くん系統の薄い顔だったがかっこよくはない。ドラッグをしているような目とよくわからない手の平をペラペラするパリピっぽい踊り。なるみと合うテンションの高さだった。


私も左隣の男と話すが音楽で声が通らない。相手の声も聞こえずらくお互いが耳元で喋るスタイルになる。前のりっきー達も同じよう。


なるみ達だけは私にも聞こえるくらいの声で話している。ひょろめの男はパイナッポーアッポーペンの話を始める。あぁ…パリピだぁ…期待を裏切らないパリピだぁ…。

なんそれ知らーん!なるみはいつも楽しそう。


私の隣の男は25歳で建築関係の仕事をしてるらしい。埼玉で働いていて、出張で佐賀に来て、今日初めてここに来たとか。私は人見知ってあまり目を見れなかったし喋れなかった。私が隣でごめんねと心の中で言った。


緊張してんの?顔を覗きこまれる。

クラブに来るのは3回目くらいで、初めはこの異空間にびっくりするよね、俺もそうだったよと話す。

こんなとこあんま来ちゃだめだよ、ろくなやついないから。って。

チャラそうな見た目だけど優しいかもしれない。顔は別にかっこよくはなかったかな。でも男の人の標準語は優しく聞こえる。


いつの間にか左手を恋人繋ぎされていた。私は握り返さない。振り払えないから仕方なくそのまま話した。


なるみがシャンパンを私達に注いでくれた。2人で乾杯する。


全然飲んでないやーん!

確かに全然減ってない。なるみが手を伸ばして私の隣の男にグラスを向ける。もう無理と弱音をはいてる。


私もなるみにつられて男の口へグラスを運ぶ。悪い子だねって言われた。全然飲もうとしなかった。つまんないの。


東京来ないのー?行かなーい。福岡がいいー。私はまた実家永住願望を出してしまった。合コンの反省はどこへ。


そういえば名前なんて言うとー?!なるみが切り込む。

あき。えー女みたいー!!あきやまだからあきって呼んで。なんだぁ下の名前かと思ったー!

なるみのおかげで名前がわかった。


繋がれた手は私の太ももに乗っている。様子を伺いながらもっと迫ろうとしてたみたいけど、セーブする。


携帯ないの?もう一方の手で、私のポッケを探る。あった!と笑う。LINEを交換した。なんか送ってと言われスタンプを送ろうとすると、スタンプはだめ〜。なんでやねんと思いながら「あっきー」と送った。


部活の話になって、何部だと思う?って聞かれたからサッカーと即答した。なんで分かったの?って、チャラそうだからー。チャラくないよー。と不満そうに言う。いやいや、どう見てもチャラいですやん。


気づいたらなるみとりっきーが席を立っていた。それから少し話したところで私も席を立つ。


ばいばーい!なるみが元気よく言う。ハイタッチでお別れして、次のフロアへ移る。


VIP席はお酒を買った男性たちが好みの女の子を連れて楽しむ場所だとわかった。

ドリンクチケットは入口で1人2枚しか貰えない。なるみはいつもこうやってたくさんお酒を飲んでいるみたい。

スタッフさんとも仲良くおしゃべりしていた。スタッフさんに好きな人がいるって話してた頃もあったな。なるみのコミュ力すこし分けてほしいと思った。


しばらくうろうろして階段を下りていると、あー!さっきの人ー!なるみが叫んだ。あっきーだった。名前なんやったっけー?!えー忘れたのー。と本人。

「あっきーよね。」なるみの質問に私が答える。階段は明るくて顔がよく見えた。優しそうな顔に見えた。ハイタッチですれ違う。


階段を下りてDJのいる前の方へ進む。シャンパンが効いてきてはじめより音楽に乗れるようになった。


なるみとりっきーと一緒に手を上げて踊る。なるみはぴょんぴょん跳びはねている。りっきーと顔を見合わせて笑う。


りっきーは一人でもよく来るみたいだけど、全然そんな感じに見えない。おとなしめでわりと冷静な子。

彼女に誘われてなるみがクラブにハマったんだと思ってたから、ヤンキー系のきゃいきゃい系と勝手に想像してた。


さっきなるみが言ってた通り、最初は冷たそうに見えるけど人に近づくのがうまくて初めて会う私とも仲良く話してくれた。

しかもりっきーの方がなるみに誘われてハマったパターンらしい。なるみは私の知らないうちに悪い子になってたみたい。


かっこいい人!かっこいい人!りっきーとなるみの視線の先には蛍光水色のスタッフTを着たイケメン。頭の上にシルバーのバケツを掲げて人ごみをかき分けていた。

私も整った顔を目で追った。

なるみはなんとかくんって言ってたけど忘れちゃったな。

スタッフ以外にもイケメンはたくさんいた。

女の子も可愛い子ばかりだった。

むし暑い空間の中で、ただ楽しそうに踊る人々が美しく見えた。


音のでかさにも慣れてきた。照明は相変わらず視界を狂わせる。音楽に合わせて頭を揺らすのが楽しい。

私でも聞いたことのある音楽が流れだす。爆音のなかでかすかに歌声が聞こえる。サビをみんなが歌っている。なるみとりっきーも英語の歌詞を口ずさむ。


Beautiful Night〜♪  Beautiful Night〜〜♪


なんだろうこの一体感は。

楽しい。




人波にもまれながら最前列から下がる。


あ…!!


また、あっきー達を見つけた。


目が合うと、彼はすぐに私の元へ寄ってきた。

照明が忙しく顔を照らす。手を握られた。


(また会えたね)


いけないことだとはわかっていても体が許してしまう。


後ろから抱きしめられ両手を恋人繋ぎで塞がれる。いやな感じはしなかった。


「今日だけな」耳元でささやかれる。


その言葉に頷いて、今度は私も握り返す。

音楽に合わせて二人の腕でリズムをとる。


まさか自分があの男女になるなんて。

前ではりっきーも同じようにさっきの男に包まれているのを見て罪悪感がやわらぐ。


強引に体を方向転換させられる。

私の頭は彼の胸の位置。胸に頭をあずけると、きつく抱きしめられた。

髪を撫でられる。ふんわりと眠くなる。

体には強い圧力がかかっている。だけど、苦しくはない。こんな感覚はじめてで。


騒がしい音楽が消えた。


一瞬でも必要とされている気がした。

大きな体に守られている気がした。


「寂しがり屋だね」


あぁ、もうずっと

この音楽に揺られてこの腕の中にいたいと思った。



いつの間にかりっきーとなるみの姿がない。探しに行こうと歩き出す。手は繋がったまま。もれなく彼もついてくる。


ドリンクカウンターの前まで人をかき分けた。彼が耳元で言う。なにか飲む?私は頷いた。なにがいい?お酒の名前がすぐに出てこない。なんでもいいと答える。


しばらくすると彼がショットグラスを2つ持ってきた。

半ば強引に飲まされる。口に入った瞬間ありえない苦みがした。喉に刺激が走る。

一口飲んで口を離そうとするが彼はグラスを傾けたまま。横から液体が溢れる。一度手を止め大丈夫、そう言ってまた傾ける。ごくりと飲み込んだ。なにこの濃ゆさ。目が覚めそう。


すぐにもう一つのグラスを口に運んでくる。反射的に拒んでしまいまた溢れる。コーラだよ!絶対に嘘だと思ったけど、飲んだらコーラだった。溢れてほとんど飲めなかった。


最初のお酒が胃と頭をまわっている。

あとで分かったけどあれ、テキーラだ。


ジュース飲もっか、とメニューを見せられる。カシスジンジャーを選んだら、オレンジ入ってなくていいの?とカシスオレンジを勧められた。


テキーラでかき混ぜられた胃と痺れた喉に、カシオレは優しすぎた。

救世主かよ、カシオレ。

喉のヒリヒリをごまかすようにカシオレを流し込んだ。気持ち悪さがなくなった。


手をつないだまま階段を下りる。下の階をひと回りしたが2人は見当たらない。また階段を上る。


だんだんふらふらしてくるのがわかった。さっきまでよりも格段に音楽が楽しい。


後ろからぎゅっとされる。爆音と光の煌めきに合わせて、一緒に体を揺らした。楽しかった。


腕の中にいながら、ふとこんなことしていいのかと問う。知らない人じゃん。顔が下を向く。

大丈夫?何度も声をかけられる。


そんな堅苦しいことどうだっていいじゃん、真面目ぶってなによ、じゃあどうしてここに来たわけ。とささやく自分もいる。


絡まった指が揺れる瞬間に、小指のリングが床に落ちた。買ったばかりのお気に入り。

揺られながら目で床を探すが、暗闇を動きまわる忙しい照明と人々の足で視界が定まらない。

しゃがみこめば近くに落ちているのを見つけられるはずだが、彼の腕をほどいてまで探そうとは思わなかった。


月と星のモチーフがついたピンキーリング

この夜の生贄として消えてしまった。




人の顔を確認しながら前へ進む。繋いだ手の後ろに彼がいるのが嬉しかった。すれ違う人々が私達を見る。なぜだか優越感があった。

まだなるみ達は見つからない。


壁際にたどり着いた。人ごみは少ない。


私の左手にはまだカシオレのグラスがあった。彼が飲ませてくれる。ごくりごくりと飲み込む。

残り飲んでいい?私は頷く。彼が一気に飲み干す。隣の小さなテーブルに空いたグラスを置いた。


また、抱きしめられる。私の右腕は2人の間に挟まれていた。私は縮こまってずっと下を見ていた。頬を撫でながら顔を上げようとしてくる。

わかっていた。


2度目に再会した瞬間から気づいていた。

ずっと拒んでいたけど。

そういう場所だもん。

キスくらいふつうなんじゃないの。


いや、さすがにだめでしょう?

ここまで純粋に生きてきたのに…

ファーストキスはいつか現れる王子様とでしょう?

こんなところで…だめでしょう?

いや、待てよ、そもそも私のファーストキスは藤ヶ谷くんの投げちゅう?


心の中の私と戦った。


そんな間にも彼の指は私の唇を撫でる。

ごめん。そう思いながら俯く。


今度は抱きしめられる。ぎゅっと。

その感覚に、思わず背中に手をまわしてしまう。彼のYシャツに頬が押しつけられる。


ゆっくりと体を離される。目は見れない。


ぐっと顔を上げられる。目を閉じた。

唇が触れる。すぐに舌の感触があった。

だめ!パッと離れた。


下を向いて彼の胸に寄りかかる。

優しく髪を撫でられる。


また、ぎゅーっと抱きしめられた。

初めての感覚に戸惑っていた。


足もとはかなりふらふらしていたように思う。何度もヒールがぐらついた。その度に強い力で支えられる。


あぁ…私のファーストキスが…

うっすらと理性はあった。

やってしまったと思った。


きつく抱きしめられている。

後悔する暇もなく、再び唇を重ねられた。

またすぐに離れる。


それ以上、迫られることはなかった。

しばらく彼の胸に寄りかかっていた。

心地よかった。


さとか!聞き覚えのある声がした。

なるみが私を呼んでいる。ロッカーから私のバックと上着を持ってきてくれたようだ。りっきーも一緒だ。

もう帰るのか…すこしさみしく思いながら、なるみから荷物を受け取った。

隣にいたあきが私の鞄を持つ。


なるみは近くのスタッフに抱きつく。好きなスタッフの1人らしい。スタッフはこらこらと離れる。なるみもさっきより酔ってる。


なるみがあきにばいばーいと言うと、

あきはなるみにキスを迫った。


なんとなく見たくなかった。

よく考えればそんなの当たり前なのに。


私のバックを背中にからった彼の後ろ姿から目を逸らしていると、いつの間にかスタッフが2人がかりで彼を出口まで追い出している。


待って!

それ私の!


出口へ向かうが、彼らはもうエレベーターに乗ってしまった。次のエレベーターで下へ向かう。一緒に乗っていたギャルがここ5時までらしーよと話している。


1階に着くとちょうどスタッフが私のバックを持って上のエレベーターへ乗り込んでいた。また、慌てて次のエレベーターで5階へ戻る。


5階に着くと、受付のカウンターで若いスタッフのお兄さんが私の財布を取り出している最中だった。

すみません…それ私のです…

お兄さんは私の身分証を片手に、名前をお願いします。と言った。

名前を答えると、バックを返された。


出入口からぞくぞくと人が出てくる。時計を見るともうすぐ5時になろうとしていた。エレベーター横の出入口でなるみを待つ。


なるみが出てきた。りっきーはもう帰ったらしい。

なるみはすぐにエレベーター前で誘導しているスタッフに話しかける。さっき抱きついていたスタッフだ。髭もあって若くはないし私的にイケメンとは言えなかったが、なるみは好意を向けていた。写真撮ってと頼まれる。


はいチーズ!

何枚か2ショットを撮ってあげる。スタッフは自分のデコのシワがいやなんよね〜と話す。えー?なるみは笑っている。


エレベーターに乗り1階に下りると、たくさんのスタッフがいた。ここでもなるみは仲良さそうに色んなスタッフと話している。


さとか先帰っとっていーよ!

かなり酔っているなるみが心配だったけど、おじゃまかな、とも思って先に帰ることにした。


ビルを出ると雨が降っていた。傘立てのビニール傘はすべてなくなっていた。濡れながら近くのコンビニまで歩いた。傘を買い、駅まで向かう。


クラブ帰りの人々がたくさん歩いていた。

みんなふらふらしている。

タクシーに乗り込む男女もいた。

私は一人黙々と歩く。


なるみがハマる理由がわかった気がした。


日常とはまるでかけ離れた空間で。

思い出す光景はすべて輝いている。

なにもかもが新鮮だった。

夜がこんなに楽しいなんて初めて知った。


「今日だけな」

あきの言葉がよみがえる。


ちゃんとお別れできなかったな。

明日には飛行機で東京にもどるって言ってた。


抱きしめられた感覚がまだ体に残っている。

心がきゅーっとなる。


太陽が昇りはじめる電車の中で、私は今日のことをのんびり思い出した。